「豪雄小国又四郎」

畠山義継公の部下に小国又四郎という豪雄の士がある。伊達家との合戦の時は、栗ヶ柵内蔵之介に属していた。
この合戦で、伊達政宗が自ら伊達勢を指揮して霧ヶ城を攻めた時、城中より一散に駆け出た一騎が、伊達勢の中に馬を乗り入れながら、政宗の近くまで切り込んで、
「片政 片政 見参せん」と叫んだ。
片政とは「片目の政宗」のことだという。
政宗は非常に怒って
「討ち取れ、討ち取れ」
と、下知したので、伊達勢は総がかりで切ってかかったので、騎馬武者は、包囲勢の一方を駆け破って城中に引きあげた。
その勇者は、小国又四郎だという。
天下は平定し、政宗も「仙台中納言様」と呼ばれるようになり、参勤のため二本松を通過した時のこと。
杉田村の問屋の前で休息した時、
「団子内という所に、小国又四郎という者がいる。憎い奴だが武勇のものである。まだ存命ならば召し使いたい故、尋ねて来い」
と近習に命じた。
小国又四郎は戦後三十年、小国豊前と名を改め出雲とも号して、かつての勇者も白髪の老人となり、団子内に蟄居しておった所に、政宗の近習が尋ねて来て、伊達家への出仕を促した。
又四郎は、
「私は畠山家の家臣。帰農してこんな姿になり果ててはおりますが、二君に仕える心はありません。中納言様(政宗)の御心は有難くは存じますが、田夫野人のまま果てとう存じます」
と、答えた。
それでも、愛着があったのだろう、政宗から二度も召致があったが、又四郎は遂に出仕することがなかった。
政宗は笑って
「老いても 片意地な男よ」
と、ひとり言をいったという。

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