「とりいし山」

畠山義継と伊達輝宗・政宗父子は、天正13年(1585年)10月8日に粟の巣(権現谷地)で戦い、父輝宗を失った政宗は、大兵を率いて、二本松に直行した。
「二本松城がまだ防備軍の整わないうちに。夜の明けないうちこそ好機なれ。義継を打ち取ったいきおいに乗って攻めおとせ」
と、阿武隈川をわたり、今の冠木(小浜道とバイパスの交わる所)にさしかかったところ、左方の天王山の裏山の方向から
「東天紅-東天紅-」
と、夜明けをつげる鶏鳴が聞こえて来た。
「夜が明けては、要害の霧ヶ城を陥すことはなるまい。攻城戦の準備を整えて今後を期すべし」
と、政宗は、暗いうちに、大軍を小浜へ引きあげたという。
今の鶏石山の名にかかわる話である。

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